IGARASHI TAKENOBU Archive

08|2025.06.19

ON THE GRID

野見山 桜

現在開催中の企画展「ON THE GRID」では、その名の通り「GRID」をテーマに掲げ、展示物の選定や展示のデザインを行いました。本展をより楽しんでもらうために、企画を担当した学芸スタッフがテーマに関連して展示中のいくつかの作品・資料について短い文章を用意しました。鑑賞のお供にぜひお読みください。

 


五十嵐威暢《アートポスター UFO》1975

作図において、正確性やスピードを重視する場合に欠かせないのが方眼紙(グリッドがあらかじめ印刷された紙)です。しかし、グリッドは一般的に下図に使われるもので、完成した図面にその姿を見ることはありません。精緻な作業を支える縁の下の力持ちであり、そもそも普段から図面を描く仕事をしている人たちにとっては、あくまで仕事道具のひとつ。あえて表舞台に出すのは野暮なのかもしれません。
 ここで本作を見てみましょう。5つのUFOが画面に浮遊しており、背景はグリッドに覆われています。単にUFOの描画時にガイドラインとなったグリッドが取り入れられているように思えますが、よく見るとUFOとグリッドが一致している箇所と、一致していない箇所があることに気が付きます。また、それぞれの線に注目すると、ところどころ太さが違ったり、揺らぎがあったりします。もしかしたら五十嵐自身で手描きしたのかもしれません。しかし、既製品の方眼紙を製版に使えば均一できれいな線でグリッドを引けたのでは?と疑問が湧いてきます。グラフィックを構成する要素は簡潔ですが、それが出来上がる過程や制作時の五十嵐の思考に考えを巡らせると、色々な可能性が浮かび上がってくるのです。


Cordless Telephone[Product Design]

五十嵐威暢《Regameコードレスフォン》1989

五十嵐がデザインしたものなかでも、とりわけグリッドの存在感が強いのがこちら。端的に言えば、立方体の集積でできた電話ですが、文字どおりの姿に驚かれることと思います。1987年にコードレス電話機の販売が自由化されたことで、様々な色や形をした商品が販売されるようになりました。しかし、その多くは電話機をよく使う女性を意識したものばかりだったと五十嵐は自著『デザインすること、考えること』で回顧しています。軽くて、薄くて、曲線的なフォルムの電話機が主力だった市場に、あえて重くて、厚くて、直線的なデザインを男性のために提案したそう。
 グリッドは外観に加え、機能とも紐づいています。本作ではひとつのグリッドに対し、ひとつのボタンが設定されています。製品の変更で新たに機能が追加された場合、それに付随するボタンを、本体のかたちを変えることなく簡単に組み込むことができます。その点において、グリッドが機能の拡張に対して寛容な見た目を可能にしているとも言えるでしょう。



五十嵐威暢《マケット(白)》制作年不詳

彫刻のためのマケット(模型)です。薄く切り出された複数のパーツが接合されて、軽やかで大らかな印象を持つ形を成しています。左右非対称なので動きも感じられます。実は中央に軸が入っており、回転します。
視点をずらして真俯瞰から見てみたら土台が正方形であることに気が付きます。30㎝角の正方形に少し余裕をもって収まる本体。計測してみると25㎝角の正方形を大枠にして設計されていることが分かりました。この正方形の中央で交差するパーツが基礎となり本体の構造が成立している点も特記しておきます。
 ここで常設展にて紹介している斎場のための彫刻作品《untitled》の図面資料を参考に見てみましょう。マケットと同シリーズの作品を実際に制作するときに作成されたもので、彫刻や土台の寸法、回転の範囲を示す図など、大きさの異なる正方形がいくつも見られます。円も確認できます。一見有機的でありながら、作品を成立させるうえで幾何学的な側面が重要であることが分かります。



三木富雄《耳》制作年不詳

この作品がどのように五十嵐の手に渡ったのかその詳しい経緯は分かりません。生前語っていたのは、自身で購入したことのみ。あくまで推測の域を出ないのですが、五十嵐が尊敬していた倉俣史朗*は、三木富雄*と親交があったので、その縁が五十嵐と《耳》を引き合わせたのかもしれません。
 さて、五十嵐は友人、知人の美術作家の作品をコレクションし、自宅やアトリエで飾っていました。《耳》は、アーカイブに寄贈されるまでは自宅の書斎に置かれていたものです。幾何学を多用し、理知的なデザインを数多く生み出している一方で、本作のように人間味あふれる作品をずっとそばに置いていたと聞くと意外に思われるかもしれません。しかし、五十嵐のコレクションを見ると、《耳》に限らず、作者の手の痕跡が残るものや情緒を感じさせるものがいくつもあります。相反する性質や見た目のものでも、並べてみると案外調和するのが面白いところ。一人の感性によって集められたものだからでしょうか。

 

*五十嵐威暢『デザインすること、考えること』(朝日出版社, 1996)
*三木富雄(1937―1978) 彫刻家で、人間の耳をモチーフにした彫刻を多数制作したことで知られる。
*倉俣史朗(1934―1991) インテリア・プロダクトデザイナーで、デザインとアートの境界を越えた革新的な活動を展開した。

 

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2025.6.20更新

野見山 桜

五十嵐威暢アーカイブ ディレクター

08|2025.06.19

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野見山 桜

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