Point of View
10|2026.01.15
あらゆる交点を探って 前半
昨年11月11日(水)にデザイナーの熊谷彰博さんをお迎えし、トークイベント「あらゆる交点を探って」を開催しました。熊谷さんには2025年度五十嵐威暢アーカイブ企画展「ON THE GRID」において、展示デザインおよびグラフィックをご担当いただきました。トーク前半では、当アーカイブの展示で大切にしている「見ること」を切り口に、熊谷さんが選んでくださったお仕事についてうかがいながら、創造活動における姿勢や思想をうかがいました。後半では「ON THE GRID」のデザインワークに焦点を当て、その過程や背後にあった考えについて詳しくお話しいただきました。
本稿ではイベント後記として当日のトーク内容を振り返ります。なお記事化にあたっては、熊谷さんの視点をより明らかにするため、「ON THE GRID」のデザインワークを軸に構成し、その内容を前提に熊谷さんがこれまで手がけてきたお仕事をご紹介します。
文字量の関係から、本記事は前編と後編の二回に分けてお届けします。展示の制作秘話などは、ぜひトークのアーカイブ視聴でご覧ください。
デザインのはじまり
展示のコンセプトや展示物の方針を踏まえ、熊谷さんにデザインを依頼したのは2024年12月。年明け早々には弊所にお越しいただき、会場視察と企画に関する意見交換を行いました。事前にオンラインで打ち合わせをしていたこともあり、視察の時点で熊谷さんのなかには、すでに具体的なイメージがあった様子でした。その段階で、展示室にグリッドを立ち上げるために壁に糸を引くことや、空間の寸法から単位を規定したグリッド状の展示台を制作することなどが話題に上がりました。
視察中の熊谷さんは展示室の出入り口やニッチ、窓など、空間を構成するさまざまな要素を計測しながら、デザインに採用する寸法を丁寧に検討されていました。また、展示予定の作品や資料を見ながらの意見交換では、五十嵐作品の考察が印象に残っています。アルファベットの立体彫刻について、規定に基づきながらも、文字の造形的なバランスを考慮した調整が施されているという指摘には、大きくうなずかされました。五十嵐のグラフィック作品にも、第一印象や見え方を意識した微調整が見られます。前期に展示していたグリッドのポスターは、その分かりやすい例です。ほかにはコードレステレフォンの背面を見て仕上げの細やかさに感心されていたり、シルクスクリーン作品に使われている色に惹かれている様子など、今思えば、熊谷さんが着目していた点がその後、展示を作っていくなかで我々のコミュニケーションにおける重要な参照点となっていったように思います。

[後期展示風景]熊谷さんが初期の段階から注目していたシルクスクリーン作品の一部は後期に展示した。
広報物のデザイン
展示デザインにおいて最初に着手したのは、広報物の制作でした。ポスターや年間カレンダーに使用するヴィジュアルには展示物の写真を用いることで意見が一致し、撮影は小川真輝さんに依頼。当初の案では、五十嵐が用いたアクソノメトリック(アクソメ)図法 にならい、対象となる作品や資料を水平線に対して左右30度ずつ傾け、単体で撮影することを想定していました。撮影は順調に進みましたが、終盤に新たなアイデアを試すことになり、すでに撮影を終えた作品や資料を組み合わせ、アクソメの構図で改めて撮影しました。この写真が、最終的に展示の広報ヴィジュアルとして採用されています。詳しい経緯についてはトークをご覧いただきたいのですが、熊谷さんと小川さんのやり取りを間近で見ていて感じたのは、制作が進行している段階においても新たな可能性を受け入れる余白を持つこと、そしてそれを率直に共有できる協働関係を築くことの重要性でした。この点は、後に触れる熊谷さんの仕事を考察するうえで、ひとつ心に留めておきたいことです。
展示什器のグリッド
展示デザインの方向性は比較的早い段階で定まっていましたが、展示什器やグラフィックの仕様については、時間をかけて調整を行いました。限られた予算のなかで進めるにあたり、材料や工程を何度も確認しながら、デザイナーが重視しているポイントを実現するために丁寧にすり合わせることを心がけました。なかでも慎重だったのが展示台表面に施すグリッドの表現方法です。一見すると、メラミン製のタイルを一枚ずつ貼り、目地をあえて埋めずに仕上げているように見えますが、実際には各面に大判のメラミン板を貼り込んだうえで、グリッド状に見えるよう溝を削る方法が採用されています。熊谷さんによれば、グラフィックの平面的なグリッドでありながら、切削することで「彫刻的な」印象を併せ持った展示台を作ることを意図したそうです。これは、五十嵐の平面的な立体作品に見られる物質的な凹凸や素材感に着目してのこと。メラミンの人工的な質感と、溝からのぞく木目の自然な素材感を対比させることで、面白い表情を持つ展示台が生まれました。
高さの異なる展示台を2種類用意したのは、展示物の大きさのヴァリエーションに対応するため、また鑑賞者の視点の高さに変化をもたせるため。高低差をつけることで、展示台が配置された際に空間に抑揚が生まれるのだと熊谷さん。前期は、グリッドを空間の中でより明確に意識させるため、展示台を整列させる構成を想定しており、その効果が出やすいよう台数を8台に設定しました。後期では大きく配置を変えましたが、多すぎず少なすぎないこの台数が、結果的にうまく作用したと感じています。

[前期展示風景]入り口手前に置かれた低い展示台には見下ろすことを想定した作品や資料を配置した。

[前期展示風景]近づいて見ていただきたい展示台の造作。
壁面のグリッド
展示室の壁面には、文字情報を印刷した6枚の正方形パネルを掲示しています。これらは「グリッド」というテーマに関連し、展示を楽しむうえでの手がかりを提示するもので、通期で使用されるものです。存在感のある展示台とのバランスを考慮し、熊谷さんからは素地に物質感のある素材が提案され、最終的にカラーMDFを採用しました。色は五十嵐が作品に好んで使っていた特色や展示の広報ポスターに使用している文字色を念頭に置いて検討し、表面に施した白文字は印刷で表現しています。3度刷りを行うことで、インクがわずかに盛り上がり、より立体的になりました。
またその背景に引かれた糸についても触れておきます。展示全体にグリッドを立ち上げるという点において、この糸が果たした役割は大きいものでした。空間を身体的に体感させるための仕掛けであると同時に、教材として活用することも視野に入れています。アーカイブのワークショップには、建築を学ぶ学生が参加することも多いためです。
ひとつの大きな空間で完結する今回の展示において、一体感を出すことが展示の印象を決めるうえで鍵となったように思います。場所を支配している寸法を把握し、それを起点にさまざまな大きさを定めていくことで、空間全体にまとまりが生まれます。熊谷さんが視察時に寸法に注目していた理由もここにあります。糸が示すグリッド、グラフィックのグリッド、台のグリッドは、それぞれが相互に関係し合いながら展示全体を構成しています。
糸の色は前期と後期で変えました。前期は、一見すると認識できないほど壁の色に馴染む淡いグリーンで、ポスターの展覧会タイトルに使用している色を参照しています。光沢があるため、見る角度によってはほとんど見えませんが、空間に身を置いてしばらくすると次第に目が慣れ、その存在に気づくようになります。展示台が碁盤の目状に配置されていることから、展覧会タイトルに準えて空間のグリッドを明確に示す必要はないと判断し、この色が選ばれました。一方、後期では赤茶色の糸を使っています。前期とは対照的に、ひと目で糸の存在が認識できる色とし、整列せずグリッドからずれて配置された展示とのコントラストを際立たせるための選択でした。五十嵐のシルクスクリーンの作品に用いられている色から会期の始まる時期に合わせて秋らしい色味を選んでいます。

[後期展示風景]糸の色の視認性がずっと上がったので写真でもうっすら線が写っているのが分かる。
作品選定について
トークでは触れられなかったため、最後に展示作品の選定についても少し記しておきます。展示物はあらかじめこちらで選定していましたが、熊谷さんと実際に配置を決めていくなかで、一部を変更しました。作品の大きさや素材、色、形といった要素を踏まえ、展示全体としての印象を吟味しています。五十嵐の作品は、グリッドを用いて制作されたものが多く、幾何学的な造形を特徴としています。そのため、グリッド上に配置することで造形の特性を明確に示すことができ、テーマに沿った作品選定は難しくありませんでした。また台の表面の線をガイドラインに展示物を配置することで展示物の新しい一面を見せることもできました。
一方でグリッドから外れたものたちをどの程度見せていくかについては、慎重に検討しています。例えば、前期では三木富雄の『耳』を窓際に展示しました。これは完全にグリッドから外れたものとしての位置付けで、規則正しく並んだ展示台とのコントラストを出すために設置してはどうだろうかとこちらが提案したものです。倉俣史朗のデザインしたハンガーは、壁に設置できるプロダクトを展示しようという熊谷さんのアイデアです。設置場所となった柱は、展示室の入り口からは死角になる場所ですが、空間を廻るなかで鑑賞者の目に入る意外な展示物としてアクセントになりました。

[前期展示風景]柱の後ろにふと目をやると、ポップな色、形をしたハンガーが突如現れる。

[前期展示風景]MoMAのショップ袋は今回初めて展示。小ぶりな立体物が多くのっている台の上にメリハリをつける策として熊谷さんが提案した。
後期では、展示台をグリッドからずらして配置したことで、前期ほどコンセプトを明確に空間へ示す構成にはなっていません。その分、展示物そのものに視線が向かいますが、小物が中心となる本展では「テーブルウェアが集まるお店」のようなディスプレイになりやすい点を熊谷さんが気にされていました。そもそも作品や資料のタイトルや解説が横に置かれておらず、「展覧会」らしさを担保する要素がありません。作品の選定や配置を何度も見直しながら、現在のかたちに落ち着きました。ちなみに2点の大きなアルファベットのシルクスクリーン作品を含めたのは、熊谷さんが初期から関心を持っていたから。前期との入れ替えに合わせて制作してくださったWEB用の画像や動画も同作品シリーズを参照しています。また、現在展示されている作品の一部は、熊谷さんと議論のすえ、11月下旬に変更しています。今あらためて振り返ってみても、一年間にわたるさまざまなやりとりを経て、この展示がかたちづくられてきたことを実感します。

[後期展示風景]前期の静的な印象と異なり、展示から動きが感じられるように心がけた。
前半のおわりに...
2025年度の企画展からは、一年を通じて一人、もしくは一組のデザイナーやアーティストといったコラボレーターを招聘し、展示を企画・制作する方針としました。その意図は、五十嵐威暢の残した作品や資料群を現代的な方法や文脈で提示すると同時に、当アーカイブが所蔵する作品・資料の新たな活用の可能性を探ることにあります。はじめてのコラボレーターとなった熊谷さんとの協働作業は手探りの状態から始まりましたが、時間の経過とともに、少しずつその感覚に合わせて調整できるようになってきました。キュレーションを担う立場として意識したのは、熊谷さんが生み出す世界と、五十嵐威暢の世界とをいかに共存させるか、その適切な具合を探ることでした。展示をともに作り上げるなかで、一つの空間のなかで思考や感覚が交錯する瞬間に、熊谷さん「らしさ」を構成する要素や、その「らしさ」が立ち上がる背景が垣間見えたように思います。
続く後半では、熊谷さんがこれまで手がけたお仕事に触れながら、独自の視点により迫っていきます。
野見山 桜
五十嵐威暢アーカイブ ディレクター
企画展「ON THE GRID」担当
10|2026.01.15
あらゆる交点を探って 前半




